Just Living Diversity

マニラでのソーシャルワークとの出会い記録から、日本のソーシャルワーク×多文化/法的支援、インドで暮らし、働き、旅するカラフルさ、インド&野草ごはん、身体を解すこと、レジリエンス/回復についての試行錯誤を記録したく。 私もあなたも、ゆるく受けいれて生きていけるといいなと祈りながら。

ヨガが続いている理由は?共有したいのは、”〇〇〇”という感覚。

TTの同期と話していてちょっと振り返ってみた

意外とこのテーマについて発信してなかった

結構大事なことなのに

いったんあらあらだけど、もうちと読みやすくまとめたい

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「そんなに肩の力入れなくていいよ」、と言われて、うわ、緊張していたんだ、と気づくような。そんな身体と共にあった10代。

初めてヨガに行ったのは10年以上前。何か新しいことしてみたいな、運動不足だし身体を動かすことがいいな、と思って近所のヨガクラスに行ったのだった。どんなことをしたのか詳しくは覚えていないけれど、日常でやらないような慣れない動きに右往左往していた気がする。先生が終始優しくて、自分のペースでやればいいということを繰り返し言ってくださっていたような記憶がある。そのスタジオは終わった後にちょっとしたお茶の時間があって、なんとなくほっこりとしていた感覚を覚えている。

ある時に、すごく深く呼吸ができて、自分の普段の呼吸がいかに浅かったのかに驚かされたことがあった。もともと座禅は好きでお寺に時々行っていたのだけど、ヨガで、重力に抗わない本来の姿勢、坐骨の真上に肩と頭がのるととても楽に座れることがいつの間にか分かって、そこから、ヨガで動くときも、座って瞑想の時の呼吸も、とても心地よくなっていった。

2017年に初めてヴィパッサナー瞑想の10日間コースを受けたのだけど、呼吸と共に体の中に微細なエネルギーがいきわたっていく、ということが少しずつ感じられるようになってきた。思考はわくけど、それがやがて去っていく、ということも。現実の状況も、頭の中の思考も、紆余曲折するけれど、永遠ではない。だから大丈夫になっていくし、今も大丈夫なんだ、という感覚。

お寺やヨガのクラスでくりかえし聞いていたことなのだと思うけれど、いろんな角度から瞑想やヨガ(ヨガも最終目標は瞑想なのだけど)に取り組んでいるうちに、少しずつ腹落ちしてくるようになった気がする。飽きっぽいけどヨガが続いているのはたぶん、微細な発見が時々訪れて、うわ、おもしろい…とジワジワ感じちゃうからなのだと思う。

言葉で書くと分かりづらいけれど、これはほんとにおもしろい・・・ほかの人とも共有したい…なのでヨガや瞑想を試してみる人、そしてできれば、少しずつでもいいので続けてみる仲間が増えたらいいなと思っているんだろう。

結局大丈夫、という感覚は、ヨガや瞑想の中で身体的に感じるのと共に、インドで生活していて感じさせられたところもある。

日系の会社で、インドや日本や、その他の国にルーツがある人と共に働いていた時に、価値観が表れるなと思った言葉が、「問題ない」、だった。英語だ「ノー・プロブレム」。ヒンディ語だと「コイ・バート・ナヒン」という。

仕事で何か問題が起こった時や締め切りが迫っている時、やばい~ちゃんとコントロールしてやらなきゃ…と、ややせかせかしながら乗り切る空気感が、日本から来た人からは出ていた感覚がする。一方インド出身のスタッフは、「ノープロブレム」「コイ・バート・ナヒン」が第一声であることが多い。日本から来た人は、「いやいやプロブレムあるから!フォローしてなんとかしてるから最終的に問題なく終わってるだけだよ…」とこぼすことも。たぶん、どっちが正しいとか間違っているとかではないんだろう。ただ、背景として違うのは、インドでは想定通りに行かないことが多いので、思い通りに行くはずだという期待がもともと低い一方、日本で仕事・生活していると想定通りにいく可能性が高いので、期待値があがってしまっているのではないかと思う。インドで電車が遅れていても、まぁ、インドだからな~って思うけど、(インドの人も、そういうときにThis is Indiaと言っていたりした)日本だと30分くらい遅れるだけでも、えええ~って感じやすい環境だと思う。

インドでは想定通りに行かない、けれど最終的にはなんとかなる、という安心感、大丈夫だいじょうぶ、という感覚が、経験的に得やすいのだと思う。町中のふとした道に神さまがいたり、同僚のデスクにも神さまが置いてあったりして、なんとなく、人間を超えたものが守ってくれている、人間は人間ができる範囲のことをして、あとはまかせる、大丈夫、他の人も助けてくれるし、という感覚も、日本で生活している時より感じやすいように思う。

もちろん日本の正確さ便利さもすごいと思うけれど、人生トータルで考えると、思い通りに行かないことのほうが多いはず。そういう意味でインドはとても現実的で、かつ大丈夫、と思わせてくれる環境があるんだと思う。

そんなインドで生まれたヨガ。焦ったり緊張したりしてしまうときも、地面に接している足うらをじんわり感じて。身体の中を流れてくれる呼吸に気づいて。もちろん思考がぐるぐるしてしまうときもあるけれど、一瞬でもいいので身体・自然の流れを見直す時間。身体の中に広がるエネルギー、宇宙。ただ、起こっていることをみる、それで大丈夫なのだと思いだせるときを、共有できるといいなって、私の身体さんは思っているようです。