Just Living Diversity

マニラでのソーシャルワークとの出会い記録から、日本のソーシャルワーク×多文化/法的支援、インドで暮らし、働き、旅するカラフルさ、インド&野草ごはん、身体を解すこと、レジリエンス/回復についての試行錯誤を記録したく。 私もあなたも、ゆるく受けいれて生きていけるといいなと祈りながら。

ななめ読みメモ カーストから現代インドを知るための30章

 カーストから現代インドを知るための30章

 

Amazon.co.jp: カーストから現代インドを知るための30章 (エリア・スタディーズ): 金 基淑: 本

 

読書(ななめ読み)メモ。※私の気になったところだけ

*は私のひとりごと。

 

カーストとは?

身分制度としてみてよいだろう

世襲的、生得的、上下関係にある諸身分のほとんどが特定の職種と結びついている

ムスリムやクリスチャンの間にも類似の制度は存在

ムスリムの友達がイスラム教カーストないよって言っていたけど…制度の名前が違うっていう意味だったのか?><

○昔の村落社会

カースト集団間の相互関係で成立:儀礼的、社会的、経済的、政治的

カースト・ジャーティからサマージ(協会)へ

カーストという言葉が差別のニュアンスを持つととらえられているため。

サマージという語は中立的。

○経済面・職業面~ゆるんできた~

カーストは職種によって区分された職能集団

いまは、職業選択においてカーストは障碍ではなくなってきている。

∵機械生産化(壺、器、農機具など)、マーケットで買える、産婆→病院出産

ヒンドゥー司祭などは例外

かつての分業体制によるカースト間の経済的相互依存関係はジャジマーニー制度と呼ばれた。(ジャジマンは顧客のこと)

自村で得られないサービスは他の村のカーストに参入してもらっていた。

*そもそも、存在する職業の種類も変わるしなぁ。

今の小学生の65%は今存在していない仕事に将来就くというし。

そう思うと自分だって2030年ぐらいには今知らない仕事やってるのかもしれないし。

カーストはどう持続?→結婚システム~まだつよい?~

カースト、異ゴートラ(氏族)と婚姻

今は異カーストとの結婚もなくはない

都市部の裕福層、中間層で意識の変化。

浄性の問題、共通の生活習慣や文化を持つ同一カーストが好まれる

*この辺り実際どうなんだろう。ジェネレーションギャップもありそう。

多様性の国ってイメージもあるけど、住み分けているのかな。

異質な集団が互いの違いを保持したまま共存する制度としての側面。

そこに序列があるのは悩ましい気もするが。

カースト間の序列

カースト時代は2000以上といわれる

ヴァルナの中にブラーマン(司祭、学者)、クシャトリヤ(王侯、戦士)、ヴァイシャ(商人、平民)、シュードラ(隷属、農民、職人)

シュードラ以外は再生族:入門式を経て宗教上の再生を果たす

カーストの固定化~調査したら固まっちゃった~

現在の形になったのはイギリス植民地時代

インド植民地支配をぐめぐり対立していたフランスを、プラッシーの戦い(1757)でイギリス(東インド会社)が敗北させる

ムガル帝国から正式にベンガルの領有権(財政、司法権)を勝ち取った

1800年代:本格的な植民地支配のため、インドの宗教、カーストなどの出自を含めて国勢調査

イギリスが最も重視したのは宗教。

カーストがヒンドゥ教徒と密接な関係にあると認識。

→ヒンドゥ教徒に限ってカースト調査

→各カーストはその報告書におけるカースト序列に敏感に反応

ただ、村落内のカーストの序列は最上位と最下位を除くとかなりあいまい&流動的だった

国勢調査がそれをリスト化、固定化してしまったことで、

中間・低位カーストを中心に、カースト地位向上運動が頻繁に起こるようになった。

方法:サンスクリット化(高位カーストの諸慣行を集団レベルで模倣)

   自らの出自を高位カーストに求める(ラージプートを名乗るものが多い)

*勝手に名乗れるものなのか??

*支配されるときの都合で固定化というのはなんだか~ 自己評価というより他者評価の影響、、

*日本での、出自に関する話題の出しづらさみたいなのと同じものはあるんだろうか。カーストについて話す機会って?タブー?

独立後の国勢調査では、固定化を避けるため、優遇措置の対象である指定カーストと指定部族を除き、個別カーストの人口や分布などを調査対象から除外。

低位カースト以外の階層から優遇政策の拡大を求める動き。中には自らを底辺層に位置づけようとするカーストも。

カースト集団の政治化

カースト内の意思決定、行動は、集団化することが多い

例:19~20世紀半ばのカースト地位向上運動、ヒンドゥー教からの集団改宗

カースト単位に区分されて認識されるヒンドゥー社会、インド社会では、カーストとして統一して動いたほうが有効。

*そこで団結できるのはすごい

独立後さらに政治化がつよくなる。選挙において、長年自らの代弁者を立てることが困難だった中・低位カーストを中心に、特定カーストが特定の政治家の支持基盤に。

*確かに文化とか経済状況が近かったら母体集団になりそう。党じゃなくて個人を支持するのか?

○インド憲法(1950.1.26~)とカースト ~カースト制度は残ってる!~

90回以上憲法改正(*そんなに!?)

第17条 特定の集団に属する人々の不平等を取り除くために法的措置を講ずるという基本姿勢は変わっていない

「不可触民制」は憲法において廃止されている。不可触民制による無資格を強制することは犯罪。

→「カースト制度」そのものの廃止は宣言されていない(*そうやったん?!)

第15条 国は、宗教、人種、カースト、性別、出生地またはそれらのいずれかのみを理由として公民に対する差別を行ってはならない (*カーストって書いてるね)

店舗、公衆食堂、旅館などへの立ち入り、浴場、通路の使用などなど、差別してはいけない項目が細かく規定されていう。

指定カーストや指定部族の議席が留保されている。(*すごくはっきりしてるなぁ)

○指定カーストとは

Scheduled Castes(SC) 指定カースト→いわゆる不可触民

Scheduled Tribes(ST) 指定部族

Other Backward Classes(OBC)社会的、教育的後進階級、弱者層、その他の更新所階級

SCという用語はイギリスによって植民地時代に導入。導入目的:1935年インド統治法に基づいた選挙の実施に先立ち、不可触民議席の留保に必要な不可触民を確定するため

*優遇するために対象を定義する必要が出たのね

*SC,ST,OBCってなんでそんなに細かく分かれてるのかがわからん、、出自がちがうのだろうか。

 

○反ブラーマン運動@タミルナードゥ州 20C初頭

寺院の儀礼でタミル語、ブラーマンが仕切ってきた結婚式の形の否定、異カースト

ブラーマンは位階体制のモデルを提供した主体でもある。→それをイギリス植民地政府がそのまま受容。北インドのほうが早くからカースト体制が確立。

タミルブラーマンは人口比が小さい中特権を受けていたので反発が起こった。

サンスクリット語の知識を独占し保持することで支配層になりえた。ペルシア語にも適応、英語に適応しイギリス植民地時代に高級官僚を独占

*でも少数が権力を握るってよくあるような。。

*そもそもなんで植民地より前にカーストの原型始まったのだろう??日本でお坊さんが力握ったのと同じ?

 

○マヤヴァティ 女性首相fromダリト

ダリト(不可測民)のチャマール・カースト出身。

2007~2015の春までウッタルプラデーシュ州の首相。

BSP(大衆社会党)の党首:ダリトの支持者が多い

SP(社会主義党):中位カーストの支持者が多い

国民会議派、BJP(インド人民党):上位カースト支持者が多い

 

 

書かないと記憶からさっぱりなくなるので書いてみるも、

けっこう、途中で飽きる←

一気にやるより細切れにやるほうがいいかな。

もっと楽しくやる方法はないものか~~ゼミとかだと一緒に読むからたのしいけど(でもやっぱり読んでいくのは時々めんどくさかったけど←)