Just Living Diversity

マニラでのソーシャルワークとの出会い記録から、日本のソーシャルワーク×多文化/法的支援、インドで暮らし、働き、旅するカラフルさ、インド&野草ごはん、身体を解すこと、レジリエンス/回復についての試行錯誤を記録したく。 私もあなたも、ゆるく受けいれて生きていけるといいなと祈りながら。

7月 患者から社長までむきあっているもの:自尊心・承認欲求と感情とか。

長い間ふりかえりをしていなかったので、久しぶりにゆっくり日記を書こうとおもいます。
先のことを考えたり、目の前のことこなしたりするのも大事だけど、
ふりかえるのもすごく大事。
何をしてきたか、何を感じてきたか、何を学んできたか、
一般的なtipsは転がっているけれど、自分なりのやり方、オーダーメイドは試行錯誤して、
やってみたことを評価したり意味付けしたりする中でうまれる。

ほんとにほったらかしだったので、ひとまずon goingですが7月から、

7月上旬はなんとなく自分の中にもやもやが溜まっている!感があって、
金曜の夜から一晩中幼少期から学生の時のことを回想した。
今年のアディクションフォーラム
のゲストが

水澤都加佐(みずさわ・つかさ)さんなのですが、
この方の本がけっこう好きで。

『子どもを生きればおとなになれる―「インナーアダルト」の育て方』

子どもを生きればおとなになれる―「インナーアダルト」の育て方

子どもを生きればおとなになれる―「インナーアダルト」の育て方

  • 作者: クラウディアブラック,水澤都加佐,武田裕子
  • 出版社/メーカー: アスク・ヒューマン・ケア
  • 発売日: 2003/07/30
  • メディア: 単行本
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これは水澤さんが翻訳された本なんだけど、
考え方のくせを知って、それがどこからきたか考えて、本当はどうしたかったのか、これからどうなりたいのか考えて、
大人になった自分の視点から昔のできごとを再定義(Reflaming)する、
みたいなステップが問いになってて、けっこうやってて心地よかった。

インナーチャイルドがうんちゃらかんちゃら、とか共依存がうんちゃらかんちゃら、って話は、
家庭環境などからくるしんどさをもつ人だけのものにもみえるけど、案外そうでもないのかもしれないと思う。
程度の差こそあれ誰にでもあることなのかなと。
経済系の雑誌とか新聞でも、職場でのコミュニケーションと絡めて、共依存とか、自尊心の育て方、とかがトピックにあがっていたりするし。
パーソナルコーチングもビジネスになっているし。
依存症者がクリニックに行くのと、社長がコーチング受けるのってやってることは案外一緒だと思う。
そう考えると、自分を大事にできないとか、自信がないとか、自分を受け入れられないとか、他人を受け入れられないとか、他人の評価が気になるとか、
そういうのって誰にでもあるし、誰にでもあるってことはなやんでるのはひとりじゃないってことなんだなー。
悩んでるときは他の人はうまくいってるって思い込みがちかもしれんけど。

ちなみに久しぶりに回想して自分の中で気づいたことは大きく分けると2つで、
1)まだまだけっこう他の人からの承認をほしがるくせがあるっていうことと、
2)ネガティブな感情を感じてはいけないって思いこむくせがあるっていうことでした。

1)のこと・・・
やったほうがいいことだ、やるべきことだって思いながら、
ほんとにやりたいのか分からんくなりながらやっている時って、
だいたい承認をもらえることだけを目的にしてやっている。
例えば、法律にかかわる仕事やから法律の勉強をかたつむりペースでやってるのだけど、
モチベーションの落差が大きかったりする。
去年の夏は、あ、私興味ないんやわwと思って一回勉強するのやめたくらいである..苦笑
原動力が、知らないと恥ずかしい!みたいな感じだけやったからつまらなかったんだと思う~
いまもそれもあるけど、去年よりはちょいちょいおもしろいと感じられててうれしい。
要因としては、
・一緒にやるともだちができたこと
しかも修習生なのでちょいちょい教えてもらえて助かる
・勉強のやり方がちょっとずつわかってきた(気がする)こと
去年はめんどうくさがって六法買いませんでしたすみません
基本書みたいなのってコンパクトすぎて、それだけ読んでも素人の私には意味不明だったので
原典と教科書がいるってことを理解した
その条文の前後もみて全体像をみるっていうのと、事例や立法背景を知るっていうのは大事な気がする
まだまだ分からんことだらけですが…
法学部の人って実務でぜんぜん使わんのにこんなん勉強しててほんまに偉いなと思う←
・仕事の理解がちょろっとは深まること
即めっちゃ役立つって感じではないけど、この規定とあの条文似てるな、みたいなのがあるとおもしろい。

やっぱ規定も法律をベースにしてできてるから時々なるほどーってなるとたのしい。

承認欲求はモチベーションのひとつであってもいいけど、やる気の元の多様性も大事かもしれない。
ところで一方で言語に対するやる気がけっこうなくてやばい
単語とか抜け放題である。
英語のサークルもわるくないけど、なんか、意見を言うフレーム、ひきだしをためときたいなって思うと、
一緒に英作やったり単語やったり隣でただすわって勉強する友だちほしいかも。
あと2~3人とかすごく少人数でしゃべる場所。
サークルはもうちょい、他の人のしゃべりの型をまねぶために使うと良い気がしてきた。
それから、自分が関心薄くても、他の人がトピック持ってきてくれることでおもしろかったり。
ひろげるための場所やから、ふかめるためのしくみが自分の中で他にもいるかも。
英語使えたいのは、母語じゃない言葉だと遠慮しないでわーって言いやすくて気持ちがよいのと、
日本語でアクセスできないけど英語ならアクセスできるものがあること…
たとえばセクシュアリティにまつわる論文だったり、日本語喋らんともだちだったり、
日本語の媒体とは違う切り口で選ばれたニュースだったり(誰かに勧められないとなかなかアクセスしないけど…)
プロシューマーについての資料だったり
(Provider提供者、かつConsumer消費者のこと、一般の人でもいろんなもの作れる道具が発達してきたっていう文脈でもあるけど、
精神保健領域ではピアサポートみたいなかんじ。
これおもしろかった http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=20&ved=0CH4QFjAJOAo&url=http%3A%2F%2Fndcfn.org%2Fassets%2Fdocuments%2FPeer_Support_Presentation.pptx&ei=Nx_zUbmCNMnDkQX_5oDABA&usg=AFQjCNHR5jsflIwdoeotOv7hTHg7Tu2vFw&sig2=t0EBAqTqrKoYZrHvQEjcUA&bvm=bv.49784469,d.dGI&cad=rja
そんなかんじだな。

2)のこと・・・
嬉しいとか楽しいとかいうのは簡単でも、
つらいとかしんどいとかつかれたとかいうのはけっこう大変である。
この程度でつかれるべきではない、とかわりと思う。
でもほんとはコントロールを超えてるのが感情であって。
ネガティブもポジティブも両方あって、良い感情悪い感情というのはないんだな。
湧いてきたままに、そこにおるんだな、って感じるのが大事で、評価はいらないということをよく忘れる。
他者がネガティブな感情を口にするのを聴くとき、自分の中で感じ方に2通りある。
その人のことを尊敬してたり、その人がIメッセージで「私はこう感じる」って話してたりすると、
話してもいいんだなーとか、話してくれてありがたいな―とか思う。
一方でIメッセージじゃない時はちょっとつかれるかもしれない。
第三者のだれだれがこんなことをした、こんなこと言ってくる、だれだれがわるい、みたいな。受動態なかんじの。
ただ、そういう時ってその人にたぶん、そうされてあなたはどんな気持ち?って問いが必要なのかなと思う。
自分がいらっと反応しちゃうと聞き忘れそうになるけど…苦笑
もしかしたら、そういう状態の人って、自分と同じくせを持ってるのかもしれない。
つまり、ネガティブな感情を表現することを自分に許してない
表現するチャンスをつくるのがその人にとって意味があるかもしれないなーと、ふと思った。
そいで、その気持ちを相手に伝えてみるのは、どうでしょうって。
まず自分の中で表現してみて、
次に相手に表現してみる
それをしていいってことを伝えるのがひとつの方法かも。
ま、提案してみてその人がどうするのかはその人が決めることだけど~

うーん長くなった!7月はこんな感じかね。