似てるとこ、違うとこをまとめたい…
なんかいろいろ、あ!と思ったのだ。
(2020.12.6 last updated)
▲アイヌの中でも、模様や色使いが多様。コレは、白老の。白老はアイヌルーツの人が多いそう。
* * *
本を読んだり、
ウポポイで樹皮から手織りの衣の展示を伝えてくださったMさんが、
アイヌ民族博物館元館長の中村斎先生のおうちにお茶に連れて行ってくださり、
1時間のつもりが3時間くらい話して、思ったこと。
なぜ似てるのか?時代背景、経緯がある程度共通してる、よな。
●背景
明治時代。西洋に追いつきたい。
西洋のように植民地を持ちたい
一方で国民を養えるほど国の財政安定してない。
↓
官による移住の奨励
・アイヌの住んでたエリアは"内国植民地"
・開拓使も南米(その前はフィリピンやハワイ、北米)移住も、
(全部ではないが)政府公募による移住が含まれている。
官による支援が十分だったとは言い難い、のも、似ているか。
開拓使の場合は旅費と支度金でた。&兵屋(へいおく、つまり住むためのとこ)と給与地、3年の米と塩菜料も。
しかし農業安定しないと不足。そこは3年で頑張れってことなのだろうか。
南米移民も作物やら重労働でかなり苦労されたことを見聞きする。
【言葉やアイデンティティの苦労】
アイヌの方も、日系の南米の方も、
母語保持、日本語習得やアイデンティティがテーマになっている。
アイヌの場合は、日本語の強制でアイヌ語や文化が失われたこと
南米の場合は、南米生まれ世代(2,3世)だと日本語の学習・保持、そして日本に渡ったら渡ったで、日本語の習得、スペイン語やポルトガル語の保持、という感じかな…
開拓使の子孫、て,今どうなってるんやろう。わたしのルーツは開拓使!みたいなアイデンティティの人も、いるのだろうか。
開拓使は開墾の苦労すごかったと思うが、言語的には日本語ネイティブだし、そこまで困り感強くない、かな?
●それぞれの移動のやじるし考えてみた
A.アイヌ
先住民で追いやられて、
いい土地もらえなくて、
母文化もうばわれた
北海道にいるより、他県にいるほうが、アイヌって分からないから楽、という話も聞く。
B.南米の移民は、自分が移動。
期待してたのに開墾の条件悪くて、
また日本に帰ることになって移動して、
帰ったあとにアイデンティティクライシス。
一世は自分の意思が要素として多めかもだけど(それでも経済やら当時の社会情勢、政府の奨励の影響)...c'
2,3世などは、親の都合で自分の意に沿わない移動の人も多いと思うと、アイヌの強制移動と似ているのかも。...a'
C.開拓使の場合は、政府奨励もありつつ、一応自分の意思やったんかなぁ。
アイデンティティクライシスな話は、勉強不足なだけかもやけど、聞かない。
日系一世と似てるのかな。
書きながら思ったけど、当たり前ながら、
何世なのか、
で、全然変わるな。
ちなみに、アイヌの歌とナガランドの歌も似ているかんじ、したんよねぇ、
抑揚かな。波打つような。
そして、輪唱的な要素を持ってるように感じること。
『あまねき旋律』というナガランド風景を描いたドキュメンタリーで、田んぼの仕事しながら歌うシーンがたくさんでてきた。
ナガランドは独立志向が強いけど、
アイヌはどうなんだろうか。同化してしまった?させられてしまった?という感じがする。文化、権利を取り戻してる、たたかいの最中なのかな。
独立、まで求めてない感じは、政府がうまいこと、アイヌの人の中でも地域ことにバラバラに補助金まいてるから、という印象も、なんとなく、現地の人の会話から感じた。
沖縄のほうがもう少しまとまって国とたたかえてるような。
なんか印象ばかりで論拠が整理できてないのだが。。
かたつむりペースだけど、学びがふかまって平和であれますように。