Living Diversity

マニラでのソーシャルワークとの出会い記録から、日本のソーシャルワーク×多文化/法的支援、インドで暮らし、働き、旅するカラフルさ、インド&野草ごはん、身体を解すこと、レジリエンス/回復についての試行錯誤を記録したく。 私もあなたも、ゆるく受けいれて生きていけるといいなと祈りながら。 フィリピンのダグダガイという竹の棒とココナッツオイルを使うフットセラピーが大好きでマニラまで習いにゆき、ひっそり身近なひとに好評です:)要らないものがごっそり削ぎ落とされ、ぐぐっと押しポイントに届く感じがたまりません^^

30を前にした我らの生き方

大学時代の友人と3年ぶりに会った。

時代や社会について(というとおおげさ?)

そうよねぇ、と思えて嬉しくなる。

 

同じ社会学系のゼミで、(かのじょは他学部から編入編入試験乗り切る賢さと努力がすごい)

なんやかんや感覚が合う。

会うなり、

全然変わらんなぁー!

と言われる。

大学生してた頃から10年経つけど、

まだ学生と間違えられるもんね。

ちょっとは大人っぽくなったはずなんだけどなぁ。

 

10年前にジェンダー論の講義うけてて、

私も、セクマイコミュニティの中のヘテロが、自分のセクシュアリティをいかに問い直すか、というテーマで論文を書いてて。

そういうのが、だんだん社会でもメジャーなトピックになってきている。

そう思うと、大学は先を見据えてて楽しい場所だった、という話に。

そうかもねぇ。

なんかこう、支援現場的なとこにいると、

クライアントを研究対象として見過ぎじゃない?と思う先生を見かけてがっくりすることもあるけど。

研究とかコンサルとか、先を見据える視点は忘れずにいたい。

 

数日前に通訳の体験講座にいったのだけど、

そこでも、5年10年先を見据えて活動してる、と言っていた。

 

移民政策はどうなるんだろうね。

止まらないだろうね、日本といえど。

言語面はもっとict活用するのだろうな。

とくに、いまのご高齢のボランティア手弁当世代から入れ替わるとき?

担い手はどうなるよー

母語を活かした日本語教育になってゆくかなー

日本語指導いる子が増えれば、

カナダみたいに母語も日本語も大切にしたプログラム組まれていくかな?

私は現場にいたいのだろうか、研究したいのだろうか、

うーん結局旅したいのかもね。

スカイプがあるもの。

 

自分自身の生き方は、もう、今を生きるしかない、時々将来怖いけど、

という感じだが。

でも、心に素直にいるときは、

たぶん、なんやかんや未来を見据えた道に進んでいるかも。

インドにしろ、論文にしろ。

大学進学も、当時の出身校ではレアケースだったけど、数年後には外部受験コースできてたし。

わりと、開拓派かもしれない。

狙ってるのではなく、

シンプルな関心、心の赴くところに行っているだけだけど。

 

友だちを見てて思ったのは、

時代がかのじょに追いついてない。

私がインド行く前も、帰ってくる前も転職していて(いつのまにー)

パートナーではない人と一緒に暮らしてみたりもしていて(いい意味で、すごく面白いと思う)

普通に生きられるのなら普通に生きたいよ、

と言っていたけど。

普通に生きられない(?)かのじょがすきだなぁ。

いつも、所属集団にバッチリはまっていない気がする、と言っていた。

それは私もそうだなー

(かのじょも私を見ていてそう思うらしい)

だから複数の場に居るのだと思うし、

旅し続けているのかもしれない。

そういう性なのかな、と最近はいい意味で、諦めつつある、わたしは。

誰と生きていくのかなー

自分を大切にしてくれる人を自分も大切に思うような関係ができるかなー

とか、ぐるぐるする時もあるけど。

きほん、大いなるものの計画に任せるのである。 

 

 

つれづれおしまい。

一緒に食べた珊瑚礁のカレー。

クリーミー。かつ、胡椒のスパイシーさも感じられる。生クリーム入ってるみたい。

インドカレーに気持ちが寄ってたけど、

欧風カレーもまた旨し。

 


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