自分が学習者だったらどうだろう?
自分が遅いとあせるかも。
自分が早いと楽しいのかもしれないが。
クラスの他のこと比べるとしんどくなりそう。
#気づき、まなび
#活かせそうなこと、アクション
#メモ
★ボクが考えたいことの1つは、支援が必要な子や学力が低い(この定義も難しいですが、一旦その言葉にくるまれがちな視点で)子がどのように学ぶかということです。実際、このあたりで悩んでいる先生も多いように思います。彼らにとって大切なのは、「一人でできるようになる」ことよりも、まずは「困ってもいい」「誰かと考えていい」と思えることですよね。そんな中での支援とは、『助けること』ではなく、『安心して迷える関係を整える』ことだと思っています。
→それはそうかもな。一緒に冒険する
★カードやサインで管理するよりも、途中で「今どんな感じ?」と話し合う『報告タイム』を入れる方が、子どもたちの学び方に合うように感じます。そこでは「止まっている」「よくわからない」も普通に出してよいのです。
→マジで雰囲気づくりだな… 見通しの図があるといいのかもね
★説明することで、『完璧にわかる』ということがいかに難しいかに気づく子もいます。もしかしたら、私たちは誰もがずっと『わからない』の中にいるのかもしれません。
→そうね。マラヤ―ラム語の授業はいっしょに練習するタイムはあったけどここまでは深まらなかったな…丸投げだったし時間も短いし。それでもないよりは、少人数グループで話す時間があるのはよかった気がするが。
先生だってわからないことがあるよね。ヨガでもそういうスタンスでいたい。自分もまだまだ分からないけど一緒に探究したい、という。そうすると教えるおしえられるの依存関係じゃなくて対等なパートナーに慣れる
★グループでの話し合いの中では、学力が高い子がリードするだけでなく、学力が低いとされる子の「わからなさ」や「納得いかない」という声が、意外と本質を突くことがあります。それを一緒に受けとめ、共に考える時間こそが、「教える・教えられる」という関係を越えて、学び合う関係を育てていくのでしょう。子どもたちは、協働することのよさを実感できたとき、それを自分の学び方の選択肢として取り込んでいきます。だから大切なのは、協働を『させる』ことではなく、協働のよさに出会える場をつくることです。
★
あえて「自由進度学習」という表現につなげていますが、どの学び方においても同じことが言えると思っています。そういうやり取りを大事にしていたら、自然と協働的に学び合う関係が育っていきますよね。一斉でも。どんな場面でも。
「わからなさ」を大切にしながら、探究的に、試行錯誤し続ける過程を教師自身も楽しんでいけるといいなと思います
うんうん。
→ここめっちゃ共感!!