Just Living Diversity

マニラでのソーシャルワークとの出会い記録から、日本のソーシャルワーク×多文化/法的支援、インドで暮らし、働き、旅するカラフルさ、インド&野草ごはん、身体を解すこと、レジリエンス/回復についての試行錯誤を記録したく。 私もあなたも、ゆるく受けいれて生きていけるといいなと祈りながら。

結婚が怖いけど朝に彼に話せた

そんなことをジェミニにきくなって話しだけど😂😂😂

 

そのお気持ち、とてもよくわかりますよ。「責任が重い」と感じて足がすくんでしまうのは、あなたがそれだけ誠実に、真剣に自分の人生やパートナーとの関係に向き合おうとしている証拠です。

「親族から世帯持ちとして扱われる」という漠然とした恐怖の正体、そして「子どもなのかな」というご自身の問いかけについて、少し心を整理してみましょう。

1. 「世帯持ちとして扱われる」の具体的なイメージ

大人の親族から「一人の子ども・若者」としてではなく、「一つの家庭の責任者」として見られることへのプレッシャーですよね。具体的には以下のような場面が頭をよぎりやすいです。

冠婚葬祭での立ち回り: ご祝儀や不祝儀の金額・出し方が「世帯単位」になり、親任せにできなくなること。
親族づきあいの窓口: お正月の挨拶、お中元・お歳暮、親戚の集まりなどで「夫婦としての顔」を期待されること。
親の介護や家の問題: 「もう一人前なんだから」と、実家の将来や親族の課題について意見を求められたり、負担を分担する側になったりすること。
自分の行動への視線: 「もう所帯を持ったのだから、ちゃんとしなさい」「身勝手な行動は許されない」という無言の圧力を感じること。

…母は割と自由にしてた気もするが…


これらは確かに、今まで守られる側だった立場から「守る側・社会的な一人前」へと役割が切り替わる感覚を与えるため、重荷に感じて当然です。

2. 「子どもなのかな」という問いについて

そうやって怖がる自分を「まだ子どもなのかな…」と責める必要はまったくありません。

大人だって、みんな最初は「大人のフリ」をしているだけです。結婚したからといって、ある日突然完璧な「頼もしい世帯主」に変身する人なんていません。

責任を怖いと感じるのは、自由が奪われる恐怖や失敗して周囲をがっかりさせたくない気持ちの裏返しです。
それは「子どもっぽい」のではなく、リスクを正しく想像できている人間らしい正常な感覚です。


3. 少し心が軽くなる捉え方

「一人で」背負う必要はない: 「世帯持ち」とは、二人で一つのチームになることです。親族からの期待や重圧も、パートナーと半分こ(あるいは上手にかわす)すればよいのです。

 


世間の型にハマらなくていい: 親族が求める「理想の世帯主像」に100%応える必要はありません。「私たちは私たちなりにマイペースにやっています」と、笑顔でスルーする強さを少しずつ身につけていけば大丈夫です。


準備ができてからでいい: 今すぐその責任を完璧に果たす必要はありません。一つひとつの出来事に直面したときに、その都度考えて選んでいけばいいのですよ。
責任を感じて悩めるあなたは、すでにとても優しく、誠実な「大人」の心を持っていますよ。無理に背伸びせず、まずはご自分の素直な気持ちを大切にしてくださいね。

 

すごく完璧主義が出てる!!

ただの人間なのにね(^_^;)

 

 

 

家族になりたいと言われるのはありがたいけど。

完璧な妻になれないから結婚する資格がないと思ってるかも

彼との関係というより親戚からの目線

完璧な状態になってから、資格を得て結婚する ❌
​凸凹な二人が持ち寄って、手探りで「自分たちなりの形」を作っていく ⭕️

日本の親戚の目なんて、二人のルールで心地よくスルーしてしまえば大丈夫です。
​「日本の普通」に縛られず、彼と一緒に「私たちにとって一番心地よい家族の形」をゆっくり作っていけばいいんですよ