昨日は会社のデザイナーさんと話した
いろいろアドバイスもらって
会社に依存しないのが大事なのは私も共感なんだけど
それでも目標がプレッシャーになるのなんでなんだろう
なんかそういうのはたぶん端っこの理由で
もうここにいてはいけないのサインっていう気もしている…
もう一人の人は心理士さん
心理士さんぽいアセスメント的な聞き方だった
私ばっかり質問してゴメンなさいねと言われた
海に行きたいよねぇ。
何が充電になってきた?いままでと
ご飯は食べられている
きゅーってなるかんじだよね
身体を楽にしてあげたい
海かぁ
そして翌日休み 朝
うにちゃんに話しかけたけど
うにちゃんが静かになっている
ごめんねごめんねごめんね
がんばりすぎているよね
怖いけど次に行くしかないんだろうな~~
神さま助けて。見えないと怖いんだけど。
自分のなかにいる神を信じる
自分を幸せにする約束
より今の自分らしいところにいくプロセス
観照
mere recognition = unconditional love
けっきょくはここにかえるよね
またここ鍛え直しだな~
今の会社にいることがただしくなさそうだけど
抜け出すか決めるのは自分
いまここにいるためのパスポートが五戒
○○しない代わりに何をする?は行動主義的だな
瞑想やヨガなどの禅はすでにおきているEngageに気づきなおすこと
Somaticモンク
こうしてっていわずに、
質問する は共感
前の方?後ろの方?
力は不必要、重力に任せる
任せるほど地球に助けてもらえる
重力をあますところなかす活かせるEngatement
がTheraputic
私たちの中にブッダがいて呼吸を教えてくれる
邪魔しないことが大事 答えはある
いったんの快適さから、より快適なところを探していく
この味わいを日常でもアプライしていく
フレキシブルな流れだね
なんだろうな~
わちゃわちゃして
数年に1回休まないといけない身体!!
仕方ないよな…
大切な質問ありがとう
恐れは克服しようとおもっていない
恐れのおかげでここまで生きている
サバイバルのために恐れは大切
いろんなエッセンスエレメントがある、Mindfulnessはそれをうけいれる、Unconditional love
それをなくすとか克服するのが暴力的かも
そうだね
身体の痛みもうけいれるSurrender
他の人にも恐れがあると分かる、慈悲のこころがうまれる
恐れは多すぎると大変だけど
相即 inter being 色即是空的な
あたえられるもの
1物質的なこと
2ダルマ・実践のシェア 本人Self help
3 無為 色んな困難と調和すること
遠くへの援助も大事だけどみじかなひとへのCompassoinが拡がる
恐れを恐れない
そうね
恐れがあっても問題ない
心を無限大にしたら恐れの割合はうすまる
怒りや恐怖に向かってほほ笑む
浄土宗は座禅じゃなんくて念仏なんだ?
ヴィパッサナーしてた タイで
念仏は口でする座禅
身体で念仏しているのが座禅
だから両方やらなくていいw
両方やるのが合う人はやってる
世俗で手段化されたマインドフルネス
タイのような社会を変容するためのマインドフルネスなのか
いっぱい定義がある
座禅は宗教的、私からの自由
世俗のマインドフルネスは私の自由
どっちが上下とかではないが
セカンドバディ
なるべくサンガでやる
なにもしなくていい
どこにもいかなくてもいい
って
知っていてもなかなかそうおもえないときもあるけど
だいじょうぶ
念 Mind Heart
すべてをMeditativeにすること
仕事でもたまにできていたけど
承認欲求からのストレスなのかな
考えないこと=感じること 代替
考えること疲れたよねぇ五感を開く…
―― 私なら、誰かに相談して反対されたら「やっぱりそう思う?」とすぐあきらめてしまいそうです(笑)。
ワイレアさん だから私たちは、何か決断するとき、あまり人に話しません。クリーニングしたうえでの流れを一番大切にしていますから。