ほんとそう!!
情報処理をやりたいわけじゃないのよ。
BBMさん
「いい文章」「おもしろい文章」と言
われるのは、往々にして「ほんとうの
こと」が書かれている文章
つまり、世界に触れている自分自身を
感じること。そこで得た言葉こそが
「ほんとうのこと」だ
私が「好きだ」「もっと読みたい」と
思うのは、いい匂いがする文章である。
それはどんな匂いなのか。もちろん文
章によって違うが、どれにも共通する
のは「素の匂い」がすることだ
表現はいつだって、「ほんとうの自分」
からスタートしないといけない
日記を書くことでやりたいのは、この
水路の掃除だ。一日のなかで生まれた
感情、思考、つまり「ほんとうのこと」
を外に出して言葉にしてやる
「ほんとうのことを書く」とは、体と
心を動かして感じること。それを、頭
で言葉に変換していく過程なのだと言
える
誰ともつながらないと思っているあな
たの経験は、「ほんとうのことを書く」
を通して、どこかの誰かとつながるのだ
文体は「文」の「体」と書くが、まさ
に「文」より「体」に夢中になってい
る感覚がある
「文」が「内容」だとしたら、「体」
とは「リズム」
他者に触れれば自分以外の立場を想像
できるようになるし、自分と向き合え
ば他者の評価に一喜一憂せずにすむ。
つまりこの2つができていれば、不用
意に人を傷つけないで済むし、自分が
傷つけられるのをこわがりすぎないで
済む
私たちは書くことで「ふたり」になり、
読まれることで「ひとり」になる。そ
して他の「ひとり」と出会い、以前よ
りずっと豊かな「ひとり」に変わって
いく
書きあぐねた末、私はあるひとつの仮
説を立てた。それは「小説とは、架空
の他者を主人公にしたエッセイなので
はないか」ということだ
では私はどんなコピーなら書けるかと
いうと、「あなたから出た『ほんとう
のこと』」で書くコピーだ
五感で自然に触れることがなくなった
から、「情報化」もなくなったという
今みなさんがやっているのは「情報処
理」なんですよ。すでに情報になった
ものをどう扱うか、ということをして
いる(養老孟司氏)