Living Diversity

マニラでのソーシャルワークとの出会い記録から、日本のソーシャルワーク×多文化/法的支援、インドで暮らし、働き、旅するカラフルさ、インド&野草ごはん、身体を解すこと、レジリエンス/回復についての試行錯誤を記録したく。 私もあなたも、ゆるく受けいれて生きていけるといいなと祈りながら。 フィリピンのダグダガイという竹の棒とココナッツオイルを使うフットセラピーが大好きでマニラまで習いにゆき、ひっそり身近なひとに好評です:)要らないものがごっそり削ぎ落とされ、ぐぐっと押しポイントに届く感じがたまりません^^

ガーナと日本の"ハーフ"矢野デイビッドさんのインタビューを見た。勇気づけられた。 傷ついてもいい。

 
矢野デイビッドさんのインタビューを見た。勇気づけられた。 傷ついてもいい。

ガーナ人と日本人の間に生まれた方。

"ハーフ"というドキュメンタリーにも出ていらっしゃる。

 

インタビュー記事。
http://www.kifjp.org/wp/wp- content/themes/kif/images/ davidyano20180222.pdf


なんだかここ1カ月くらいは、、

他者とぶつかる、向き合うのが、 しんどいなぁ、怖いなぁ、と思うことがあって。

しかも、 その気持ちが必要以上に増幅してしまうときがあって。

この人も私のことよく評価してないのでは、とか、これやらなかったら不満がられるのでは、とか。

そういう過剰適応、卒業したはずやのにー

螺旋階段のぼり中なの?

It seems very difficult to behave totally without discrimination, more precisely, perfectly avoid making others  feel discriminated. Some people who have suffered a lot somehow internalized the sense of discrimination/ victimization n receive words in a negative way.  
Or am I just justifying myself ? :( As a human, Im imperfect n what I can do is try to recognise my standards n improve the way of communication...


そんな状態なので、励みになった。

エネルギー充電しながら、できる時、 向き合って、できないときは休んで、自分を育てながら、 進んでいこう。


「すごく不思議に感じるのは、日本では人と関わるときに“ 言わなくてもわかるでしょ。察してね” というかたちをとることが多いせいなのか、“ ちゃんとこれは言うべきなのかな” ということで悩む人が多いですよね。
→あるある。それで委縮するのから卒業したと思ってたけど、 実は日本人以外もそうなんじゃない?と思って、 伝え方何を気を付けたらいいのか、怖くなったり。

日本と外国両方にルーツある人のほうが繊細なんやない?日本人的な気の遣い方ができるかどうか、みたいな気がしてくることもある。


「でも、これからの日本ですごく大事になってくるのは、失敗をすること、 とにかくやってみることが大切なのではないかと思います。 身近なところで言えば、 同じ日本人の中でもそれぞれがいろんな関心や趣味をもっていて、 互いに100パーセント理解できるものはないかと思います。 みんなのベクトルが違うので当たり前だけど、 でもそれは話してみたりぶつかってみたりしないとわからない。 なので僕は“ 最初はぶつかってみなくちゃわからないこともあるかもしれないけ れどやっていこうね”といったことが大事だと思います。ただ、 その彼らのためにも、 僕たち私たちがぶつかっていくことが大事ではないかなと思います 。探っていく、というよりは、 ぶつかっていく勇気を持つということですね。」

→そう、勇気やエネルギーが要ることなんだよね。 失敗するのが怖くなる時もある。 自分ひとりが何かをやってみてうまくいかないのはいいけど、 人との関係性にひびが入るのはとても怖い。 嫌われたり非難されたりを100% 避けることはできないのだけどさ。

そして、違うのは必ずしも国の違いのせいだけじゃない、だから外国の人やから、ぶつかっていかねば、みたいな気負いもきっといらない。人としてでいい。


「~一人の人間として自分を育てていく~ 自分を大事に思ってくれた人たちがどういう人たちなのかを振り返った時に、 それは肌の色とか文化で自分を判断しない人たちだったんです。 そういう人たちを自分の人生のモデルにすれば、そんなこと( 自分を虐げる人たちのこと)はどうでもよくなったんです。 それに気づいてから、 自分も自分を育ててくれた恩師たちと同じように、 出会う人たちを一人の人間として見ていく、 そして自分自身も一人の人間として育てていくことにしました。 人として僕らは死ぬまで知らなければいけないこと、 勉強しなくてはいけないことがたくさんあると思うのですが、 それ以 上に“心で向き合う”ということが大切だと。それは、一番勇気が 必要で、一番難しくて、一番傷つく作業ですが、 そこで向き合うことで、 人と一緒に生きるとはどういうことなのかを自分の中できちっと振り返ることができるのではと思います。」
→勇気が必要で難しくて傷つく、ほんとうに、そうなんだよな。

それを受け入れるところから、なんだろうな。 肌の色とか文化で相手や自分を判断したくないけど、 相手がそういう差異とか、 差異に基づく差別を内面化してるんじゃないかと思うこともある。

相手の捉え方はこっちでは変えられないけど。

ぶつかってみて、相手の反応は、相手の問題だし。

自分ができること、 相手にゆだねることを見分ける賢さが与えられますように。