口紅のとき
角田光代さんの、しっとりしたエッセイ。
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6歳
好きなことにもきらいなことにも分類できないもの。母が鏡台にすわるとき。
こわい、自分から離れていくような、かぁ。
そんな、好きなことにもきらいなことにも分類できないものが、ずっとずっと増えていく。
なんだろうねぇ。
18歳
毎日並んで歩くだけだった恋人。
それが尊いのだよね……
29歳
結婚生活をはじめるのは、とくべつなことじゃないんだ。真新しいくちべにのような、きらびやかなことはじめるのではない。もっとさりげない、なんでもないこと。
うん、穏やかに生きたい。
幸せはときどきたいくつくらいがいい、かな。
47歳
娘にくちべにを贈るって、なんだか素敵だな。
ひとりのおとなの階段のぼる子を後ろからそっと背中を押すような。
79歳
くちべにと、記憶。
今だってなんてきれいなんだろう。
私の母は保どんど化粧をしない。
幼稚園の卒園式で、
寒色で強いピンクのくちべにをつけていて、
子どもながらに違和感があり、
なんだか、おかあさん、変、と言ってしまったような記憶がある。
それが本当やったら、お母さん結構凹んだやろうな。ごめんねぇ。
今でもほとんど化粧しない母。
それはそれでいいんだけれど、
たまにはお化粧して、
自分のかわいらしさを再発見してほしい気もする。
角田さんもめったに化粧しないらしい。
くちべにが嫌いなのではなく、とくべつなのだという。
毎日をとくべつにするのも、いいも思うけどね。
かくいう私もあんまり化粧っ気がないのだけど、
さいきん、くちべにが気になるのであった。