Living Diversity

マニラでのソーシャルワークとの出会い記録から、日本のソーシャルワーク×多文化/法律、インドで暮らし、働き、旅するカラフルさ、身体を解すこと、レジリエンス/回復についての試行錯誤を記録したく。 私もあなたも、ゆるく受けいれて生きていけるといいなと祈りながら。 フィリピンのダグダガイという竹の棒とココナッツオイルを使うフットセラピーが大好きでマニラまで習いにゆき、ひっそり身近なひとに好評です:)要らないものがごっそり削ぎ落とされ、ぐぐっと押しポイントに届く感じがたまりません^^

ミャンマーのなぞ、歴史、経済

なんだろう~なんでかな~と思っていることのメモ

無知をさらしてしまいますが。

 

・なんでパゴダ(仏塔)が全体的に金ぴかなのか?

→おそらく、各時代の権力者がパゴダを建てることで力を示したかったから。

新しく建てたり、遷都したりしてきたそうな。

誇示のために遷都って大変やな。

 

・アウンサン将軍は、ビルマのイギリスからの独立を支援していた日本軍と共闘していたが、後に袂を分かち抗日運動に移った背景はなんだったのか?

・そんな将軍の娘であるアウンサンスーチー女史はどうしてイギリス人と結婚したのか??なんでイギリスに滞在してたのか?

 留学だったんだな。でもなぜイギリスなんだ。インドも行ってたみたい。

 

・スーチー女史はどうして海外から戻ってきて国民民主連盟(NLD)の活動をしたのか?? 海外で民主主義がいいって思ったのかな。

 

 ●ミャンマーの保険について

・2013年に民間の会社ができるまでは、政府が独占していた。

 サービス良くなかった。期待されていない

ミャンマーの人の保険加入率は数%!

新しくできた民間の会社も、扱える保険がまだ限られている

日系の保険会社は1997年の第一次ミャンマーブームの頃に進出し、

そのまま事務所を残し続けているので、

信頼されて2015年の5月に、ティラワ地区限定だが営業OKに。

他の国はまだきたばかりなので、これから。

そもそも、マーケットを育てるところから。

おもしろいね。

居続けるって大事かもね。撤退の大切さのほうがよく問われそうだけど。

小さなコミュニティでは、人から情報をえて、働きかけていくことがだいじ。

 

第一次ブームはなぜ起きたんだろうか?

スーチー氏の軟禁解除が契機になったみたい。

 

 

●ごちゃ混ぜミャンマーシリーズ●
<旅日記>
ミャンマーひとりたび day0 のびやかに 
http://1234567.hatenablog.jp/entry/2015/09/23/132225
ミャンマーひとりたびday1の1 風景 
http://1234567.hatenablog.jp/entry/2015/09/23/133417
ミャンマーひとりたびday1の2 偶然に身を任せ、尋ね。
http://1234567.hatenablog.jp/entry/2015/09/23/133807
ミャンマーひとりたびday1の3 シュエダゴンパゴダ
http://1234567.hatenablog.jp/entry/2015/09/23/134609
ミャンマーひとりたびday1の4 はたらく日本人
http://1234567.hatenablog.jp/entry/2015/09/23/140037
ミャンマーひとりたびday2 チャイティーヨー、黄金の岩
http://1234567.hatenablog.jp/entry/2015/09/23/151031
ミャンマーひとりたびday3 色んな意味で、身体感覚...
http://1234567.hatenablog.jp/entry/2015/09/23/151457
<旅の前>
ミャンマーたびの準備。オンラインビザ申請、1日でとれちゃう、スピーディ!
http://1234567.hatenablog.jp/entry/2015/08/30/220340 
ミャンマーのなぞ、歴史、経済
http://1234567.hatenablog.jp/entry/2015/08/30/224925
ミャンマー 早分かり本 読書メモ
http://1234567.hatenablog.jp/entry/2015/09/18/222625