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Living Diversity

いろんな文化ごちゃまぜのところが好きです。 ケアする人のケア&当事者研究、アロマ、タッチング、 多様性がいかされる場  ひとがどうやって元気を回復していくか? が関心ごとです からだほぐし、出張したり介護施設でお手伝いしたりしておりました。 *ダグダガイ(フィリピン式・竹の棒をつかった足のマッサージ)  いらないものそぎ落とされる感が強くておすすめです。 tomatonoheta89(@)gmail.com

学ぼうとする人、しない人、できない人?、均一的に扱うべきなのか。

学ぼうとしない人に投資する価値あるのかな、とふと考える。
それに価値がないとか、それは学ぶ人への冒涜だというような意見を目にしたのが発端かと。
そしてそれと関連して、均一的な接客は相手を人間扱いしていないという指摘もあって。

こないだフィリピンの人が来た時、私も他の日本人の利用者と接する時とややモードが違ったと思う。
契約書とか日本語しかないから、ちゃんと理解してもらえるように手書きで、絵(図?)をつけて渡したり。
上手に対応することより、相手に喜んでもらえることを考えて動いてた。
普段日本人の利用者さんと接する時は、上手さを気にしがちな気がする。

先輩の話を聞いていると、電話の対応とかみていても、
相手の特性によって対応を変えられているなって思う。
ゆっくり話したい人、結論をぱぱって聞きたい人。
相手がどんな人なのか、想像しながら切り返すのがまだできていないなって思う。

ただ、提供するサービス自体はだいたい均一になっていると思う。
債務整理関連で複数回利用されていて、償還免除になっていたりすると、複雑な気持ちになる。
成長していく気がない人にただただ与え続けるように見えてしまう。
でも、がんばれなくなった理由がなにかあったのかもしれないし、実はがんばっているのかもしれない。

震災でも、「もらい慣れ」が起こっているってきく。
がんばる気持ちがまたもどるまで、しっかりした給付があるのはいいことだと思う。(一時的に)がんばれなくなったのは震災のせいで本人の責任じゃない。ただ、回復するのは自分の責任。
どこからが回復すべき時期で、どこからが自分の責任になるかが難しいから、どこかで区切って対応せざるを得ないんだろうけど。
生保のケースワーカーさんとか、どんなふうに考えて、判断してるんだろう。100件ももっていたら、とてもじゃないけどやってられないだろうな。。

行政はざっくりと広く拾うセーフティネットを敷いてる。
けどそれだと回復しづらいのかもしれない。
自助的なセーフティネットに合わせて引っかかる必要があるのかなって思う。
そこにつなげるまで行政はやるべきなのかな。

自助グループとか、シェアハウスとか、お寺とか。
お互いを気にかけられる場所で、お互いの回復を見守っていけるような。
ひとつの場所で預かれる数が少ないから、小さい単位のセーフティネットがもっと乱立すればいいと思う。
どうしたら乱立するかなー。
もうちょい、もうかる仕組みがあればみんなやるかな。
シェアハウスは経済的メリットも大きいからもうちょい拡がるんじゃないかな、と楽観視。
シェアハウスをセーフティネットとして捉えることはあんまりないかもだけど。それぐらいナチュラルに、ちゃっかりしれっとセーフティネットしいとくのも良いかなって思う。

まとまらないけど、備忘録ということで。